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1話 モモ

 

 私の名前はモモ。

いつからかはよく覚えていないけれど。気付いた時にはこの名前だった。

私のおうちは、音の出る箱の上。トトが言うには、横から見ると動く絵が映っているんですって。休むことなく、どんどんと変わってゆくの。

でも、私には見えないの。だって、ずっとずっと、その箱の上に居るんですもの。動く絵とはどんなものなのでしょう。見てしまえば大したこともないの、きっとね。私は見れないから、余計に期待してしまうだけなのだから。

その箱が出す音は聞こえるの。“あの女”とは違うニンゲンの声や、きれいな音楽、喧しい雑音。時に鬱陶しくなることもあるものの、私はこの音の出る箱が嫌いではない。

けれど。

絶え間なく映りゆくという絵をみるためには、ここから降りなくては。この部屋の“支配者”にはそれこそ簡単なことね。

だけど、私には無理なことだわ。私はあんまりに小さくて、……無力だから。

それに分かってるの。私がここを抜け出したところで、どこにも居場所なんてないってことは。だからここに居るしかないの。とりあえずは、必要とされている間だけでも。

ここには、トトが居る。沢山のお兄さん、お姉さんだちが居る。私をこの部屋に連れてきた“支配者”が居る。

でも、消えないの。「寂しい」って気持ちは。

自分が独りだって想いは。

 

お日様が顔を覗かせるころ、“支配者”は緑の波を動かした。毎日そのほんの僅かな時間だけ、私は“外”を見ることができる。“風”を感じることができる。

一度でいいから、あの世界へ行ってみたい。小さな箱の中でしか動けない箱庭の世界なんて、一生見られなくたっていいから。

自分の足で、地面を蹴って歩きたいの。あの、動きのある世界を。

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